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(530) 身近なるイマジン。 2003-12-03

昔、娘がようやく歩き始めた頃に彼女(私の妻)の実家で行なった"お食い初め(おくいぞめ)"の儀式。
"これから先の長い一生に、食べ物に困る事が無い様に"という願いを込めたシキタリなのだろう。
まだ足元もおぼつかない娘は、背中に彼女にとっては重過ぎただろう米の入った袋をしょわされ、何の意味かも判らずフラフラと歩いた。
その可愛らしい姿は皆で大笑いするには充分過ぎる光景であった。

父親の初心者である私は責任の重大さを再確認したもので、
お宮参りや初節句を含め、周囲から娘への幸福を願う心は多いに感じるものだった。
これから先の私の人生は子供達のためにある、と自覚したものだ。
もっともすでに現実の彼らは"鉄砲玉"であり、帰宅が遅くなる時に必ず入れる電話がせめてもの救いなのだが。

例え孤独にも見える個としての人間であっても、その出生に関る周囲の心は存在し、生きているはずである。
子供への虐待、通り魔的行動、果ては警察幹部や学校長による強制不適切行為がニュースに溢れる。
目の前にいる一人の人間の背景には多くの心も共存している。
登校中の女子生徒の消息を無事である事を強く願う。



(529) 冬毛。 2003-12-02

急に寒くなった気がするが、それでも11月などは例年より大幅に暖かかったらしい。
さすがにエアコン暖房から灯油ストーブに変更すれば、歴然とした暖かさにホッとする。
動物達の不思議なる毛足たっぷりした冬毛への変り身も進む中、なぜか私は頭を散髪。

ジ〜っと座っているのがキライなので次回まで日数を稼ごうと、前髪のみ、少〜し残して、残りはほぼボウズ状態とした。
季節がら、コレは失敗。ヒジョーにアタマが寒い。



(528) 小さな坂道。 2003-12-01

昔行った事のある、長野県美ヶ原高原。
中学生の私にすれ違う人達の殆どが「こんにちは〜」と声をかけてきたのが不思議だったが、
ヤマに登った時の自然な挨拶なのだと知ったのは、ずーっと何年も経てからだった。

霊園で出会った場合、知らない人同士でも、
同様の挨拶を交わすのが当然と知ったのも、ここに通う様になってからだ。
まあ、どこでも挨拶を交わすのは当り前なのだが、
大自然の中や、心安らぐ背景の中にいると、
つまらない意識の壁さえ取り外せるのかも知れない。

ぺったん、ぺったん。駐車場から続く、ゆるい坂道の舗道を歩く私の足音。
ホっとする空間だが、現実をも再確認しなければならない場所でもある。

上の段の石碑群の中に、最近顔なじみのジイ様がいた。
一心不乱に生花に水を与えている姿を初めて見かけた時、
なぜか親しみが湧いたものだ。

あんな年まで一緒にいられていいな、と羨んだものだが、
長い分だけ悲しみも大きかったのだろうなと、
駐車場の隅っこに雨に濡れポツンと置かれた彼の自転車を見た。
彼の奥さんもきっと笑顔で迎えているのは間違いないだろう。




(527) 日本ほーそー協会。 2003-11-30

若いと言われる領域を脱皮すると、今まで見えなかったモノが見えてくる場合があるのだが、
"偏見"という余計なフィルターを通してなのが困りモノなのかもしれない。
例によって年末年始の番組収録が開始されてはいるのだろうが、
最近はテレビに出てくるタレントの殆どが好きではない
加えて、頼りのNHKでさえ、最近は民放のノリが滲み出し、頑な信ぴょう性すら疑いたくなる。

恒例の"紅白歌合戦"。見るべき価値は別にしても、
名称からして日本人の伝統ある年越しのイベントには違いないだろう。
そこには民放のあの軽薄さをも排除された、格式と重さを継承すべきと、
ファンでもない私が"能書"をタレるのもナンだが、
"♪おふくろさんよ〜"と歌う演歌の大御所と、
あるいは、自称アーティストと、 のたまうあのサルマネ・ラッパー達が同じステージに立つのだろうか。

NHKから民放にトレードされた"美人アナ"達。
キミ達はNHKの中にいたからこそ"美人"と呼ばれていたのだ。
そこを忘れてはいかんよ。

視聴率最優先の宿命を背負う、アホ過ぎる民放のあり方の中、
NHKだけは信頼できるソースであり続けて欲しいと思う。..........。

はて、毎年この頃、同じ様な事を書いている気がするな。



(526) 投稿写真。(匿名) 2003-11-29

ファインダーの中で美しい角度を捜す必要の無い、
数少ないクルマのひとつがロードスターなのだろう。
さり気ない佇まいであっても、走りの楽しさが滲んでくる。

AWDゲージ装着オーナーから送って頂く画像も多く、
製作者冥利に尽きるもので励みになるというもの。

ブラックボディのVスペ。ディテールを観察すれば
ホイールやポジション・ランプを含め、オーナーの落ち着いた雰囲気を感じさせる.......。
と言いたいが、添付されたもう一枚の画像はそんな想像を吹き飛ばすものであった。

決して信じてはいけません。彼はおそらく念写が出来るのでしょう。
走りのイメージを鮮明に映し出す事が可能なのだと思います。
ロードスターを心から愛しているからこその、超能力なのです。
よい子はマネをしてはいけません。




(525) Web閲覧。 2003-11-28

AWD-webもマイナーかつ、プライベートな制作アイデアでも、チェックして頂けるのも嬉しい事で、
気が付けばカウンターも、いつの間にやら増えてきた。

そこで世間並に何か記念にと"25まんヒット"をメドに考えていたのだが、
こういうものはアイデアが浮かんだ時にこそ、速攻でまとめなければならなかったのだ。
オーバーしてからでは格好が付かないのを言い訳として次回に考えよーっと。

当初、初めて他人様のホーム・ページを見て、カウンター数字が数千にもなっているのを見て、仰天したものだが
HP制作時に、初期値はいくらでも設定可能を知り、再び仰天したのである。

当然AWD-webは"ゼロ発進"だったが
途中"7まん"ぐらいで間違ってリセットしたため
実質は30まんを超えているのだろうか。

ちょっと前まではweb閲覧といえば接続料も、それなりの時期もあり
小心者の私など、その間中、頭の中でコインが音をたてて一秒毎に落ちてゆくイメージがあったものだ。
最近は多くの人々が気軽に見れる情報ソースになり、個人のページでさえ画像処理やデザインなどプロ顔負けのものも多い。
AWD-webも何とかしたいのだが私の知識ではこんなトコロが限界なのだな。



(524) じゃぱん・カー・オブ・ザ・イヤー?。 2003-11-27

やむなく選んだならともかく、自分で気に入ったクルマこそがベスト・カーになるのだろう。
殆どの人が見向きもせず、ある意味他人から不評であっても、
本人が大満足で乗っている例は意外に多い。

そんな中、欧州アワード制を真似た"ジャパン・カー・オブ・ザ・イヤー"は
売る方にしてみれば、営業的にも大きな勲章で獲得メーカーは一大キャンペーン展開の図となる。

当然そのプロセスにはメーカー側の審査委員たちへの"上へ下への対応"は過激の一途を辿るのは仕方のない部分か。
外国人からみた日本人の七不思議(高価な)お歳暮を頂き反感を持つ常人は皆無だろう。

そんな風潮に嫌気がさした選考委員の連中が独自に組織した
"RJC"が選ぶ"カー・オブ・ザ・イヤー"こそが 説得力もありそうだ。

むろん本家?のソレを否定するつもりは毛頭ないが、要は本人がハッピーであればソレが一番。






(523)I will。 2003-11-26

少し前の中部ミーティング会場付近の低い雲に見え隠れしていた峰々。先日走った八ヶ岳、
そして那須高原。やはり日本は美しい。そして旅に出るのも良いものだ。
何となく地図帳を広げて想いをはせてみれば、不思議と心は飛んで行く。
時間や労力を注げば同等、あるいはそれ以上の感動も体験できるに違いない。

時間的にも、もちろん金銭的にも、余裕が出来てから、なんてのは、
きっと私の短い未来には有得ないのだろうから、身体が元気なうちに日本中を走り回ってやろう、
なんてまるでジイサマ的発想に陥る自分がおかしいね。

美しかった北海道の支笏湖。歌で有名になっってしまった襟裳岬
あるいは四万十川の流れはどうだろうか。
たまにはマクロ的にデッカイ日本地図を広げて想像の旅行をするのも実現への最初のドアかもしれない。

最新のナビで横浜のビル街を映すだけでは正しくないのだ。



(522) 初体験。 2003-11-25

モノの本によれば、コレは多少の痛みが伴うらしい。
昨夜、私は肩への未体験の痛さを感じた。
何の前触れもなく突然に感じたソレに私はかなり驚いたのは当然である。
心あたりも無し、若干の不安も覚えたものである。帰宅した娘が入念にマッサージをしてくれた。
陸上部に在籍していた彼女はコツを心得ているのだ。
おかげで収まったが、いつも注意されている運動不足をいつもの数倍、責められたのには反論出来ず。

コレがあの"しじゅう肩"ってヤツの初体験?。
いや、もしかして"ごじゅう肩"なのかいな。人間とは、うまく出来ているものだ。

胎内にいる赤ちゃんでさえ、太古から継承されている指の間の水かき状の皮膚は
プログラミングによって、誕生時には消えている。
神秘なる生存プログラミングは粛々と消化されていくのだろうか。



(521) ウェルカム to AWD。 2003-11-24

初めての場所でもナビに慣れると、迷わず一直線に到達する。
こんな習慣に慣れてしまうと来訪予定のオーナーが予定時刻をダイナミックに過ぎれば心配にもなるというものだ。
この数日、そんなオーナーが続いたのは不思議でもあったが、
今日は、最近作り方を勉強中の"美味しいうどん"の制作を中止して待っていた。
近くまで来つつ、途中の電話でも、現在何処にいるのかが把握できない。

ようやく到着した彼は雨の中、静岡からやってきたと言う。なるほどナットク。
きっと地図を見ながら一生懸命走って来たのだろう。ビルなぞを想像していたのかもしれない。
美人のセクレタリーでもいると思っていたのかもしれない。
シブめ社長が出迎えてくれると期待していたのかもしれない。

現実を知った彼に、私は熱いコーヒーを奨め、さえないジョークを言いながら、いつもと同様の丁重な作業を終えた。
数時間はかかるだろう家路も、ロードスターのモディファイの楽しさを感じてくれればうれしいものだ。
さて、うどんの制作の続きを.......。


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