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(310) 効果ありと断定。 2003-04-20

男は国際貨物船の自分の狭いベッドの中で余りの蒸し暑さに睡眠の中に溶け込めず苛立っていた。
我慢の限界か、彼は船室内の小さな窓ガラスを叩き割った。涼しげな風の導入を確かに肌に感じつつ、
知らず知らずの心地よい眠りを誘う。

翌朝、壊したはずの窓ガラスが、部屋の壁に掛けてあった、ただの鏡であった事を知り、彼は驚く。
まさにプラシボー心理効果の典型例で人間の情報に対する反応が興味深い。

能書きは別として快音クンは良いのだ。AWD号の刺す様なS/Cサウンドを適度に和らげていると実感する。
私自身は逆に不満に思うが、先日の様に生活道路でAWD号に驚き路地に身を隠すジイ様もいなくなるだろう。(同じジイ様なのにね)

という訳で本日はEDにてトヨタ・ディーラーへ襲撃し、こちらも装着完了。
う〜んコレなら娘に聞かなくても私でも感じる。自分のハナ息だけがやけに良く聞こえるぞ。
もっともEDはRSに比較すれば問題は無い静かさなのだが、
ノーズが低いためエキパイのクリアランスが無く、雨の日はボンネット上部から湯気が発生する。

コレが防止できれば良いのだ。ちなみに高級車は当然純正装着だが、
NBの場合は未確認だが純正のオプション設定があるのではなかろうか。
フード裏側の成形に合致した製品を見かけた事がある。




(309) フィクション。 2003-04-19
「このドラマはフィクションであり、ストーリーや登場人物は事実とは異なります。」
TVドラマの最終テロップに流れる、お馴染みの文章である。
当然、演出を含めた内容である事は認識可能だが時として現実と混同し、問題やトラブルの発生の予防の意味だろう。

先日ふと目にしたドラマは同様のタイミングで次の文章が挿入されていた。
"このドラマはつくり話です"。

面白い!ダイレクトで単純明快かつユーモアがある。
通常ならせっかく時間と費用をそれなりにかけて制作したドラマ番組がこの一言で即、現実の日常に戻る冷たい言葉なのだ。
だからこそ従来はドラマの余韻を残しつつ、フィクションである物語である事を伝えねばならない
制作側の心情が注がれた文章であったのだが、数語の単純な単語を並べてバッサリと終わる、この新語はよく、認可されたものだな。
この文章だけでドラマ本編を上回る真の面白さを感じた。




(308) 偶然の必然性。 2003-04-18


想像を超越する広大な宇宙において人間と交信可能な文化を持った生物の存在はあるのか?
未知の生物からの電波を求めての研究など、好奇心は高まるところだ。
無限ともいえる広さの中、その存在が無い方が不思議と言えるが、実際には交信は難しいだろう。

例え存在があったとしても人類の近代科学発達の期間は宇宙時間から見れば瞬時を数千億単位に分割した瞬時なのだ。
お互いがその瞬時に合致せねばならない。この時間的合致の方が遥かに困難だろう。

ぼんやりと、そんな事を考えていると今この時に生きている人々は
100才も、0才も、まさしく瞬間と言う時間を共有している奇跡的な同じ仲間だとも言える。
なのに憎しみと殺戮とは悲しいものだな。

日常に話しを戻そう。
瞬時という時代の中で同じロードスターを同じく選んだのは完璧なる仲間と言っても良いだろうと勝手に思いつつ、
先日対向車のロードスターからのパッシングの挨拶をうまく返せなかった経験を
今日、すれ違ったロードスターに私の方からの積極的な合図に返答された時の爽快さは、
あの軽井沢を思い出す。今年も行きます。皆さんよろしくね。




(307) 試走。 2003-04-17

先週のF1ブラジルGPは雨のためスタートで10周以上、レース途中も相次ぐスピン・クラッシュでコースに何度か入ったペースカー。
メルセデスのAMGスペシャル仕様らしいが、コレのドライビングも相当のテクが要るだろうな。
あの20台以上のF1マシンをフォーメーションを整えつつ後に従えての走行はどんなものだろう。
何しろ緊急時に入る訳で前方の危険を回避しながらそれなりの速度を保持せねばならない。

S/Cでお世話になっているノプロのN社長は国内のレースで時たまペースカー・ドライブの声がかかるらしい。
現役時の数多い好成績は本人も自らは語らないし、あまり知られていない様だが、
彼の気合の入ったドライビングを助手席から観察するチャンスに恵まれた。クルマはAWD号である。

スタート後、数分で私はTVで見かけるWRCのナビの心境になる。
あの強烈かつスパルタンな超高速ドリフトのドライビング中でも平然と下を向き地図を確認する姿は何なのか?と思っていたが、
クルマの挙動で微妙なミスか意識的なのかは、解るものだ。まして自分が乗り慣れているAWD号ならなおさらなのだ。

チョイ乗りならともかく、勾配差の大きいアップダウンの道路、一般道、そして高速等、
速度に対するシフト・ポジションやブレーキ・ポイントなど含め自分のRSを客観的にも観察できたのは価値があるものだ。
通常、プロにこの様なチェックを依頼した場合はそれなりの報酬をも払うべきであろうが、
私の場合は「どーもー。」の一言で終了したのは大きな間違いだろうか。




(306) 快音クン装着。 2003-04-16


閉店後のトヨタ・ディラーの工場内に持ちこまれたAWD号。明日の予選を控えた整備ではない。あの快音クンの装着なのだ。
自分で可能な作業範囲ではあるが、ココのスタッフは担当の彼はもちろんの事、他社製であるAWD号であるにも関わらず、
非常に熱心かつ親切なので嬉しいのだ。

サイズは「普通常用車用」が適切だった。若干大きめの部分をハサミでつんつんとカット。ペッタンコと貼り付けて終了。
AWD号は熱気排出の穴があるので大きな効果は期待できないが帰路、やけにタイヤノイズを感じたのは
エンジン・ルームの音の抑えがそれなりにあったかもしれないので、純正ボンネットの場合は体感可能か。




(305) いよいよオープンかな。 2003-04-15


うぁお。オープンだあ。カッチョ良い。去年のAWD号なのだ。現在HTを装着してから早、3ヶ月経過した。
装着感の良さは理解しかけて来たものの、やはりロードスターはオープンも良い。
幌をたたんだまま数ヶ月。使用していないモノでも、たまにはシワンシワンを伸ばして固くしてあげないといけないのだ。
と思いつつキズを修復しただけの傷口をみるのは切ないのだ。

いずれにしても交換せねばならない。今度は色を変えてみようかな。
この数日は小雨模様の横浜。明日からは太陽にもお目にかかれそうし、曇りかけた心も青空の下で爽快になれそうだ。
一粒で二度美味しい、ロードスターってかな?




(304) GTR to RS。 2003-04-14

娘の勤務先の人がAWDwebをチェックしたのか、サーキット走行に声がかかった。
こんなアホなオヤジです、とばかりに下流式のサウンドでブイブイしてみたかったが、やめておこう。

先日、久しぶりの床屋さんにて、鏡の中の自分と嫌が上にも対面せねばならず、
現実を改めて思い知った次第であるからして自分を省みない言動や行動は慎むべきなのだ。
当方に来られたオーナーを出迎える私を見て、
「アレ、ここで良いのかいな?」の表情になるのは愉快でもあるのだが。
作業中ず〜っとフル・フェイスのヘルメットを被っている訳にもいかないのだ。

昨日の日曜日は平均の法則が当てはまらない状況でオーナーが見え、
マイナーな当方にとっては、多少パニック状況となったが、
RSの話題となれば口は動くが手は止まる。夜まで交換作業が続いた。

中でもセカンド・カーのGTRをRSに変更した、あるオーナーの話しは興味深い。
強烈なパワー差は当然あるもののGTRはパワー全開にする環境が少なくストレスが溜まるとの事。
むろんGTRを否定するものでは無いが、解決方法としてロードスターで、なおかつ大正解とも言うべきNA6をチョイスした彼は
NISSANのある部門に携わるプロである。なるほどなるほど。

私のAWD号と同じブラックボディかつ、typeFのシートを装着したそのRSは
彼の理想とも思われるオトナのチューンが施されていたものだ。




(303) 桜。 2003-04-14

横浜(正確には私のごく近所)の桜たちは殆ど散ってしまい、
残った花々も若いエネルギーに満ち溢れた新緑の葉の間から見え隠れするだけとなった。
よく通る某大学病院そばの数百メートル続く桜並木を通れば、前車が盛大に巻き上げる花びらが夢の終わりを告げている様で、
ある意味、夏の終わりの切なさに共通する感情に襲われる。

記憶された多くの出来事は自分の意志では抹消不可能なのだろう。
これから何年か経過し、ある時予想外のシナプスの連係接続がまた思い出させたりして胸がチクチクするのだろうな。
最近、身体を動かす毎に「ヨッコラセ」なんて口走って一人で大笑いしてしまうもんね。




(302) The RoadSter。 2003-04-13

メーターパネルはシルク印刷という特殊なプロセスを使う。
AWD製品もその印刷の性質上、一枚のみの印刷はコストの分散が不可能なため
特殊な場合を除き対応は薦めていない。
しかしあるRSオーナーの熱意を受けAWDから特殊な素材を提供したのはだいぶ前だったが、
彼は自身の工夫で希望の完成を成し遂げた様だ。

ロードスターとはパワーの追究とはまた別のモディファイの楽しさがあり、
オーナーの数だけの拘り方があるのだろう。

今年もまた、あの軽井沢イベントのシーズンが近づいてきた。
去年は驚愕の700台以上の集合を見た。毎年100台ぐらい増えているのかな。
夕立後に手の届きそうな所にできたダイナミックな虹は祝福の様だった。

そして帰路の高速道路は多くの溢れる様なロードスター達の、走行しながらの挨拶は、
みんな全員が仲間なのだと言う強い認識を持つ。





(301) 警察と治安。 2003-04-12

そのイラクからの映像は血を含む一連の画像とは別の意味でショッキングだった。無法化した都市での略奪である。
官庁関連の備品であろうか、シャンデリアから電気製品、椅子やら事務用品、タイヤなどをクルマ、
果ては耕運機の荷台に山盛り状態で持ち出して行く。
中にはそれら盗品の奪い合いでの市民の争い。そこには優しさのかけらもなく、ただただ暴力的な力学のみが働く。
少なくとも私達、人間誰もが持っている眠っていた本能の露出だろうか。

平和に見える日本。有り得るなどとは言わないが身近な小さな体験としてクルマの幌を切り裂く人間は現実にいたのだ。
比較にならない残虐な人間も実在するのが現実。日本の治安は超国際レベルと言われているが、
これは職業とは言え日本の警察への再認識を実感する。

偶然か、テレビで放映された"熱血警察官24時"。神経を研ぎ澄ましての職務質問が犯罪を確かに防止している。
私が娘の彼?にする"職務質問"などとはワケがちがうのだ。

職業以上の使命を持って仕事を敢行する彼らに対しても、あるいはAWD号の極、小さな事件の際にさえ、
吹き荒ぶ寒風の中、鼻を真っ赤にしつつも時後処理にあたってくれた地方出身という若い警官を含め信頼感を持たざるを得ない。
やや目立つRS乗りとしては、取締り等に対して、ついつい敵視してしまうが、感謝を込めて敬礼。




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